あおのりの人生を楽しむブログ

せっかくだったら楽しくいこう!日々の中に楽しさを見いだしていこうとするブログです。

自力で手に入れることに意味がある

支援級の子どもたちを見ていて思うこと。

先生から、親から、やってもらって当たり前。与えてもらって当たり前。
何をするにも「特別支援」のお膳立てと大人の援助がある。
だから自分の力で手に入れる、獲得する、という体験が少ないように感じます。

そんな環境にいる子どもたちは、態度が大きく、わがままに見えます。
でも態度とは逆に積極性がなく、臆病です。
もちろん、すべての子どもがそんな訳はなく、自分のクラスの子がたまたま経験が少なく、その上尊大な態度を見えているだけかもしれません。
きっとそんな風に感じるのは、自分に同じ部分が潜んでいて、似た部分にイライラするからでしょう。


少し前までの自分は、
「なんで誰も助けてくれないんだ。教わってないのにできるわけないじゃないか」
と不満ばかりでした。
でも周りへの不満ばかりなうちは、思考がそこから動かず時間ばかりが過ぎ、結局うまくいかない、ということがよくありました。失敗の理由は自分ではなく、「教えてくれない誰か」のせいです。
教わることができても自分のものになっておらず、臨機応援な対応ができず失敗。
そういうときは
「○○さんの言った通りにやったのに。なんで俺が嫌な思いをしなくちゃいけないんだ」
と不満が上乗せされやすい。
たとえ助けてもらって成果を上げられたとしても、
「俺の力じゃないし。○○さんがやったからでしょ。」
と結局自尊心を下げる結果となり、経験も自分の中にあまり残りませんでした。

でも、自分で試行錯誤した時は、小さな成果でも最高に嬉しいです。傍から見て大したことではなかったとしても、自慢気になります。
失敗したら落ち込みますが、原因は誰でもなく自分に帰結するので、「次はこうしよう」「次はこうはしないぞ」という考えに素直に振り返ることができます。
自力で獲得した経験はどんなものであれ、自分の血となり肉となり、その後に活きてくるはずです。


そんな思いがあるので、今の支援級の子どもたちには、なるべく個別指導(学習中に教師が目の前に張り付いて一つひとつ丁寧に教えていく指導)をしたくないと思っています。
目の前に常に「答え」がいて、何かするたびあれこれ直されたら、「自分なりにチャレンジしてみよう」なんて思わず、顔色を伺って思考を委ねる方向にどんどん萎縮していきますよね。
個別の丁寧な指導より、目指し甲斐のあるゴール、試行錯誤して何度でも挑戦できる環境を用意して、子どもたちが下手っぴながらも頑張る姿を応援して、自力で出来た時に心から祝福してあげたいです。


先日叱られ諦めてからは、一つの筆順ミスも見逃さずその場で直す個別指導の鬼と化している私ですが。
子どもの自由をなくし、一つひとつ丁寧に指示を出すほど、「次何をすればいいですか」いう他人任せな言葉が教室の中で目立つ気がします。
どこか不安げで物欲しげな顔とよく目が合う感じもします。
最近よく口がへの字になり、眉間にしわが寄っているのを感じます。
自分が受け身で不満だらけに陥っていかないように気をつけたいです。




ところで、昨日は誕生日でした。
29歳になりました。

母親からメールが来ました。

「なんか欲しいものあるかい〜?ウキウキ」

子どもを愛でたくてしょうがない、愛すべき母親です。
でも、丁重にお断りしました。

上に書いたことと同じです。
欲しいものはなるべく自分で吟味して、Try and Errorを重ねながら手に入れていこうと思います。


20代最後の一年、楽しい一年になりますようにしていきます。